「思えば、これまでに、私も、鳥の物語をだいぶ書いてきました。」
「鳥は、自由のしるしでしょうか。それとも、人間の、遠い世界への憧れを象徴するのでしょうか………」
エッセイ「シャガールの絵の中の鳥」(『安房直子コレクション6』収録)で、安房さんはそう書いています。
様々な種類の鳥たちが、安房作品を彩ります。
くじゃくやおうむ、鶴、めんどり、アヒルなど、表題そのものがそうである作品をはじめ、登場する鳥が作品の重要なキーワードとなっている作品が多数。脇役での登場も、うさぎに次いで多いのです。
単行本収録済みで鳥の登場する作品数は、27作品、未収録作品もあわせると、37作品あります。
鳥が主人公の作品は、案外少なくて、「緑のスキップ」のみみずく、
「わるくちのすきな女の子」が変身した姿のわるくち鳥、
そして、厳密には副主人公といいましょうか、
表題にもなり、主人公と並んで重要な役回りを果たす、
「エプロンをかけためんどり」のめんどりさん、
一般には知恵の象徴として、
考え深い役回りを果たすことの多いみみずくですが、
「緑のスキップ」のみみずくは、どこかおまぬけで、にくめません。
「みどりのスキップ」という絵本が出ていますね。
みみずくとふくろうの呼称の違いですが、
耳のような羽角のあるふくろうを“みみずく”といいます。
ふくろうが脇役として登場する安房作品は、5作品。
「天の鹿」では、鹿の市の終わりをつげて鳴くふくろう、
「三日月村の黒猫」でも、三日月村への通路の林で歌をうたうふくろう、
「わるくちのすきな女の子」「べにばらホテルのお客」に登場するふくろう、
未収録作品「雪の中の映画館」には、
春の坊やに映画を見せて夢中にさせてしまう、
あやしい訪問販売員のようなふくろうが登場します。
「エプロンをかけためんどり」は、めんどりさんが最後に食べられてしまうのがショッキングですが、
めんどりのお墓から、はこべが生えてきて、そのはこべを食べて育ったひよこたちが、やがておてんとさまの国へとんでいく、
という設定は、どこか、グリムを思わせます。
にわとりが脇役として登場する作品には、「声の森」という作品があり、こちらもグリムの影響の色濃い作品です。
「グラタンおばあさんとまほうのアヒル」は、たのしく屈託のないおはなしです。
このアヒルも、まほうのエプロンをかけていて、ポケットからグラタンの材料をだしてくれたりします。
このお話は、安房さんのご家族がグラタンが好きでよく、グラタンを作る事が多いことから、思いついたお話だそうです。
安房さんが、母校日本女子大附属豊明小学校で、「どうしたらいいお話が書けるかしら」という講演をしたときのお話の中で、
そんなエピソードを披露しています。
主人公ではないけれど、主人公に次いで重要な役割を果たす鳥のお話は、未収録作品もあわせると全部で10作品。
「鳥」のかもめ、「鶴の家」の鶴、「白いおうむの森」のおうむ、「銀のくじゃく」のくじゃくのお姫さまたち、
「青い糸」で千代が変身してしまう、くちばしの青いすきとおるような白い小鳥、「鳥にさらわれた娘」のシギなど、
謎めいたふしぎなお話が多いのです。
安房さんは、鳥を、謎めいた神秘的な存在として、作品に描いているようです。
娘たちをかどわかし、木の葉にしてしまうというお話「野の音」に登場する、謎めいた仕立て屋の女は、
「鳥のような灰色の目」をしていた、と表現されているのも印象に残ります。
童話集「銀のくじゃく」は、私が小学校低学年の時にはじめて読んだ安房作品で、筑摩書房の赤星亮衛さんの絵もあいまって、
またたくまに魅了され、童話集「白いおうむの森」とともに、繰り返し図書館で借りては返す、を繰り返しました。
作中で魔術師の老くじゃくがうたう
「ぎんぎん銀のお月夜に あやしい風がふいてきて・・・」のうたのなんともいえない魅力。
この作品の中では、くじゃくが人間の姿となっていますが、
胸にかくしたひみつが破裂しそうになり、「鳥になりたい」とつぶやいたことで、
鳥に変身してしまうお話が「青い糸」です。
その逆に、魔法使いの海女の魔法で、
かもめが少年に変身してしまうのが「鳥」というお話。
どちらもキーワードは「ひみつ」ですね。
変身、という角度から安房作品を考えると、
「小鳥とばら」という作品にも、
バドミントンの羽根が変身したふしぎな鳥が登場します。
そして、それをばらの花びらと一緒に料理して
パイにして食べてしまうというふしぎなお話です。
「鳥にさらわれた娘」のふみも、最後にはシギに変身してしまいます。
「サフランの物語」の少女も、
魔法使いの魔法で、カナリヤに変身させられます。
「わるくちのすきな女の子」もそうですね。
「変身」がいちばん結びついている動物が「鳥」であるようです。
うさぎに変身させられる「よもぎが原の風」がありますが、
うさぎへの変身はそれ一作ですし、
きつねは人間に化けている場合がありますが、
変身、というのとは、すこし違います。
脇役ではありますが、
作中には厳密な意味では登場しないのに、
あざやかな印象を残す鳥として、
「べにばらホテルのお客」のムネアカドリがいます。
伴侶である岡本卓夫の死をかなしんで、
トランペットの中で死んでしまったというムネアカドリ。
そんな胸の痛くなるようなエピソードとともに、
ムネアカドリのために岡本卓夫が焼いたお菓子、
「ムネアカドリのためのバウムクーヘン」が、作品には登場します。
このお菓子の仕上げには、煮詰めたべにばらを飾りにします。
なんて、夢のあるお菓子でしょうか。
人間と鳥の垣根をこえた夫婦の
睦まじい結びつきの象徴のようなお菓子です。
「べにばらホテルのお客」には、他にもたくさんの鳥が登場します。
厨房でクッキーを担当するミソサザイをはじめ、
カッコウ、ツグミ、アカゲラ、アオゲラ、ムクドリ、クロツグミ、ふくろうなど。
同じように、「三日月村の黒猫」でも、
ふしぎなボタンのへやの、ドアのすきまに耳をあてると、
様々な鳥の鳴き声が聞こえてきます。
かわせみ、かっこう、きじばと、うぐいす、かわがらす・・・。
ここには、「むかしの三日月村」がいきづいているのです。
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タイトル |
登場人(動)物 |
発表年 |
主な収録作品集 |
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主人公 |
緑のスキップ |
みみずく |
1972 |
安房直子コレクション |
7 |
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エプロンをかけためんどり |
めんどり |
1981 |
安房直子コレクション |
7 |
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グラタンおばあさんとまほうのアヒル |
アヒル |
1982 |
グラタンおばあさんとまほうのアヒル |
|
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わるくちのすきな女の子 |
わるくちどり・ふくろうなど |
1989 |
わるくちのすきな女の子 |
|
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準主人公 |
鳥 |
かもめ |
1971 |
安房直子コレクション |
1 |
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鶴の家 |
鶴 |
1972 |
安房直子コレクション |
6 |
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白いおうむの森 |
おうむ |
1973 |
白いおうむの森 |
|
偕成社文庫 |
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カラスの天気予報 |
カラス |
1973 |
単行本未収録 |
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銀のくじゃく |
四枚の花びらのお姫さま |
1974 |
安房直子コレクション |
6 |
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青い糸 |
くちばしの青い白い鳥 |
1975 |
安房直子コレクション |
6 |
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空とぶスカート |
すずめ |
1981 |
単行本未収録 |
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|
|
すずめのおくりもの |
すずめ |
1982 |
安房直子コレクション |
3 |
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|
鳥にさらわれた娘 |
シギ |
1982 |
安房直子コレクション |
5 |
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うぐいす |
かんごふさん |
1994 |
うぐいす |
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脇役 |
雪の中の映画館 |
ふくろう |
1969 |
単行本未収録 |
|
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|
ゆうぐれ山の山男 |
カラス |
1970 |
単行本未収録 |
|
|
|
山男のたてごとⅠ |
カラス |
1970 |
単行本未収録 |
|
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山男のたてごとⅡ |
カラス |
1970 |
単行本未収録 |
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|
長い灰色のスカート |
ハト |
1972 |
安房直子コレクション |
6 |
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大男のうきぶくろ |
鳥 |
1972 |
単行本未収録 |
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|
黄色いスカーフ |
1972 |
花のにおう町 |
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声の森 |
にわとり |
1974 |
だれにも見えないベランダ |
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講談社文庫 |
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きいろいマント |
はとのおじさん |
1978 |
きいろいマント |
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教育研究社 |
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天の鹿 |
ふくろう |
1978 |
安房直子コレクション |
5 |
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小鳥とばら |
白い鳥(バドミントンの羽根) |
1979 |
花のにおう町 |
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だんまりうさぎと大きなかぼちゃ |
1980 |
だんまりうさぎとおしゃべりうさぎ |
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山のタンタラばあさん |
カラス |
1981 |
山のタンタラばあさん |
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マントをきたくまのこ |
ことり |
1981 |
単行本未収録 |
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脇役 |
冬吉と熊のものがたり |
うぐいす |
冬吉と熊のものがたり |
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|
おしゃべりなカラマツ |
カッコウ・カケス・ウグイス |
1985 |
単行本未収録 |
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|
三日月村の黒猫 |
ふくろう・ほか |
1986 |
安房直子コレクション |
4 |
|
|
だんまりうさぎはさびしくて |
1986 |
ゆきのひのだんまりうさぎ |
|
||
|
サフランの物語 |
1987 |
うさぎ屋のひみつ |
|
||
|
べにばらホテルのお客 |
ムネアカドリ・ほか |
1987 |
安房直子コレクション |
5 |
|
|
丘の上の小さな家 |
木の上の大きな鳥 |
1989 |
安房直子コレクション |
4 |
|
|
いいにおいのする木 |
すずめ |
1990 |
単行本未収録 |
|
|
|
花豆の煮えるまで |
もず |
1991 |
安房直子コレクション |
7 |