安房直子的世界

童話作家、安房直子さんをめぐるエッセイを書いていきます。

くまー安房直子の動物手帖④

くまの登場する安房直子作品といえば、安房さんの代表作「北風のわすれたハンカチ」や「熊の火」などですね。

くまの登場作品は、単行本収録済みのものは、11作品ですが、未収録作品を含めると、23作品と、倍になります。

 

代表作「北風のわすれたハンカチ」の、ひとりぽっちの月輪熊は、

とうさんもかあさんも弟も妹も、人間にダーンとやられてしまっています。

「きつねの窓」のひとりぽっちのきつねと同じです。

月輪熊は、ひとりぽっちのさびしさをわすれるために、

音楽をならいたいと願っていますが、なかなかうまくいきません。

この月輪熊が、もしかしたら、後の楽器店「ふしぎや」となったのかもしれませんね。

同じように、トランペットが、重要な楽器として登場します。

 

「ふしぎや」というくまの楽器屋が主人公のお話は、

金の星社刊行の「あめのひのトランペット」と「はるかぜのたいこ」の2冊のほか、

小学館の「くまの楽器店」という絵本もあります。

「くまの楽器店」には、

「あめのひのトランペット」が「ふしぎなトランペット」という題で、

「はるかぜのたいこ」が

「さむがりうさぎのすてきなたいこ」という題名で収録されています。

読み比べてみますと、大筋は同じ内容ですが、

細部がすこしずつ、違う作品となっています。

また、「くまの楽器店」には、これまで未収録だった、

「月夜のハーモニカ」「野原のカスタネット」の2編も収録されています。

金の星社の葉祥明さんの絵と、小学館こみねゆらさんの絵では、

作品の印象も随分違います。

また、「北風のわすれたハンカチ」の月輪熊の家には、りっぱなまきストーブがあります。

単行本未収録作品には、「くまのストーブ」という、くまが冬に備えてストーブを買いに行くお話もあれば、

くま自身がストーブ屋として登場する「冬のしたく」という作品もあります。

冬眠する習性のあるくまという動物のために、安房さんは、寒い冬をのりこえるためのストーブを、与えてあげたいと思っていたのかもしれません。

 

くまが、主人公の人間の相手役として登場する作品は2つ、

「熊の火」と「冬吉と熊のものがたり」があります。

「熊の火」は、住処と餌場をうばわれたはなれぐまの父子が、

ふと、幻想のような、山の火口の煙の中にある楽園にたどりつき、

山で迷っていた主人公の男を、その楽園に、

熊の娘の婿として招き入れるというお話です。

煙の中に、春の野山の山菜がふんだんにある楽園があるという

その発想の鮮やかさには、本当に驚かされます。

火口の煙の中と、現世との行き来をするには、

「たばこ」を吸い、そのけむりにつつまれる事で可能となります。

安房さんは、実生活で煙草をすう方ではなかったそうですが、

養父の喜代年さんは、たばこの専売事業を行っていた専売公社に

お勤めでした。

未収録作品「きつねの灰皿」でも、

じつにうまそうにたばこを嗜むシーンがあります。

逃げた夫を追って、山を焼きながら会いにくる熊の娘の心情がそのまま

燃えるようなまんじゅしゃげと化す、鮮やかで、切ない物語です。

 

もうひとつの、くまが重要な相手役である作品、「冬吉と熊のものがたり」には、

緑色の毛糸のマフラーをまいた、「おひとよし」で、実に友好的な熊が登場します。

熊は、冬吉と一緒に、卵の黄身で金色のとろろをすすったり、手作りのビールを飲んだりするけれど、

ビールをしこたま飲んだおかげで、冬吉は眠くなってしまい、あやうく熊に変身するすんでのところで、妻のさちえに助けられます。

「眠り」が、動物への変身の引き金となる作品は、「よもぎが原の風」と同様です。

ここでの熊には、とりたてて悪気があるわけでも、熊に変身させるべく、冬吉を誘惑をしたわけでも、ありません。

ただ、仲良くしたいだけ、という事だからこそ尚更、「自然」のもつ無自覚な暴力性を感じます。

しかし、さちえは、「山はおそろしいところだけれど、やっぱりなつかしい、いいところだ。」と、

山のいろんなもの――熊、きつね、山んば、と知りあいになれたことを、なにより嬉しいと思うのです。

さちえに助けられた冬吉は、右腕だけ、熊の腕となり、並外れた力持ちとなる「ギフト」を、山からもらって帰ります。

 

ほんの脇役としても、くまは多くの作品に登場するのですが、ほとんどが単行本未収録作品で、

単行本収録済みの脇役のお話は、「サンタクロースの星」「すずをならすのはだれ」の二作品だけです。

「サンタクロースの星」に登場するのはただのくまではなく、「しろくま」です。

しろくまの耳の中に、サンタクロースの大事な青い星がさまよいこんでしまったのをつかまえるため、

サンタクロースが青い星をつかむと、しろくまの耳の中にあったくまの夢の世界のカギがかちりと開いてしまいます。

このしろくまの夢のなかの部屋にはだんろがあかあかと燃え、テーブルの上には葡萄酒とギターがあります。

このしろくまも、「北風のわすれたハンカチ」の月輪熊と同様、音楽がすきなのです。

 

耳の中に、大事なものがしまわれている、というモチーフを、安房さんは、「熊の火」でも使っています。

熊のおやじさんは、大事なたばこを木の箱にいれてあり、その箱のカギを、自分の耳の中にしまっているのです。

インドのむかしばなし「ランパンパン」にも、耳の中にしまっていたものをつぎつぎと出していくシーンがありますが、はて?

ほかにも、元になったおはなしはあるのでしょうか?

 

くま

 

タイトル

登場人(動)物

発表年

主な収録作品集

 

 

主人公

北風のわすれたハンカチ

ひとりぽっちの月輪熊

1967

安房直子コレクション

1

偕成社

 

しゃっくりがとまらない

 

1974

単行本未収録

 

 

 

くまのストーブ

 

1978

単行本未収録

 

 

 

あめのひのトランペット(=ふしぎなトランペット)

緑のベレーぼうのくま・ふしぎや

1979

あめのひのトランペット

 

金の星社

 

ふしぎなトランペット(=あめのひのトランペット)

みどりのベレーぼう・ふしぎや

1979

くまの楽器店

 

小学館

 

月夜のハーモニカ

ふしぎや

1979

くまの楽器店

 

小学館

 

野原のカスタネット

 

1979

くまの楽器店

 

小学館

 

はるかぜのたいこ(=さむがりうさぎのすてきなたいこ)

くまのがっきや

1979

はるかぜのたいこ

 

金の星社

 

さむがりうさぎのすてきなたいこ(=はるかぜのたいこ)

くまの楽器店

1979

くまの楽器店

 

小学館

 

マントをきたくまのこ

 

1981

単行本未収録

 

 

準主人公

熊の火

熊のおやじさん、熊のむすめ

1974

安房直子コレクション

5

偕成社

 

冬吉と熊のものがたり

 

1984

冬吉と熊のものがたり

 

ポプラ社

脇役

きのはのおてがみ

 

1968

単行本未収録

 

 

 

雪の中の映画館

 

1969

単行本未収録

 

 

 

ゆうぐれ山の山男

ヒグマ

1970

単行本未収録

 

 

 

山男のたてごとⅡ

1970

単行本未収録

 

 

 

冬のしたく

ストーブ屋

1972

単行本未収録

 

 

 

お正月さんこんにちは

 

1973

単行本未収録

 

 

 

ねずみの焼いたおせんべい

 

1973

単行本未収録

 

 

 

ぶどうの風

くまのおやじさん

1973

単行本未収録

 

 

 

ほそいつり橋

 

1973

単行本未収録

 

 

 

サンタクロースの星

しろくま

1989

サンタクロースの星

 

佼成出版

 

すずをならすのはだれ

 

1990

すずをならすのはだれ

 

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