安房直子的世界

童話作家、安房直子さんをめぐるエッセイを書いていきます。

物語の食卓 夏 第二話 赤いばらの花びらのお菓子

 

このブログは、
アイダミホコさんのブログ
ネムリ堂のブログ
の、童話作家  安房直子さんの作品に登場するお料理をめぐる、安房直子さん生誕80周年のコラボ企画です。
 
安房直子さん(1943~1993)は、日本女子大学在学中、北欧文学者、山室静氏に師事、同人誌『海賊』に参加、「さんしょっ子」で、第3回日本児童文学者協会新人賞を受賞、その後もサンケイ児童出版文化賞小学館文学賞野間児童文芸賞新美南吉児童文学賞、ひろすけ童話賞、赤い鳥文学賞特別賞を受賞。「きつねの窓」「鳥」「初雪のふる日」などが、小・中学校の教科書に採用されています。初期の幻想的で謎めいた作品から、動物たちが活躍する晩年のあたたかなお話まで、没後30年経った今なお、新しい読者を獲得し続けています。代表的な著作は、偕成社からの選集『安房直子コレクション』全7巻、瑞雲舎『夢の果て』など。
 
豊島区東長崎の雑貨店、Planethandさんの安房直子さん企画展、幻の市でご一緒したご縁で、このコラボ企画は産まれました。 http://planet-hand.com
 
アイダさんに、安房さんのお料理を再現していただき、スタイリッシュでお洒落なお写真におさめていただくという、贅沢な企画です。その写真に、アイダさん、ネムリ堂双方が、思い思いの短い文章をそえたブログを同時公開、季節ごとに小さな冊子にまとめる、という計画をしています。一年間を通して、15の食卓の連載を予定しています。どうぞ、おたのしみに!
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料理・スタイリング・撮影:アイダミホコ
 

「べにばらホテルのお客」のムネアカドリのためのバウムクーヘンの再現!! ファンの多い作品なので、胸躍らせる方がどんなにか多いことでしょうか。そして、野ばらの実のゼリーも!!

ばらを使ったお菓子というのが、何とも素敵です。

安房さんは、ばらを使ったお菓子を何度か作品に登場させています。すぐ思いうかぶのは、「小鳥とばら」に出て来る、バターとばらの香りのする小鳥とばらのパイです。このお菓子もべにばらが使われています。また、「遠い野ばらの村」では、野ばらの塩漬けがちょこんとのった、野ばらまんじゅうを登場させています。単行本未収録作品ですが、「野ばらの少女」という作品には、庭の野ばらを摘んで作った、ほのかにあまくて少しすっぱくてこれまで食べたどんなお菓子よりもすてきな味の、小さくて丸い野ばらのパイが登場します。お菓子ではありませんが、「うさぎ屋のひみつ」のうさぎは、野ばらの花粉を星の光でかわかした黄色い粉を、ひみつの調味料のひとつとして作ります。野ばらの実を使ったふしぎなスープは、「三日月村の黒猫」に登場します。

 

ばらは、安房作品において、多くはあこがれをかきたてる重要なモチーフとしてでてくることが多いようです。べにばらだけでなく、赤いつるばら、白い野ばらや、赤い野ばら、変わったところでは、黄色いばらなど。

 

べにばらがメインのモチーフとして登場する作品は、この「べにばらホテルのお客」「小鳥とばら」のほかに、「赤いばらの橋」もそうでしょうか。ただ、こちらは、ただのべにばらでなく、赤いつるばらです。

そして、「空色のゆりいす」では、目のみえない女の子に、赤という色を教えるために、風の子は、ばら園のばらをこっそりむしりとり、くつくつ煮込んで、べにばらの色をとりだします。その色は、「あたたかいひざかけのような色、音にすれば、シレソの和音のような色」です。「だれにも見えないベランダ」にも、ベランダで育てた赤いばらがどっさり、大工さんに届けられるシーンがあります。ベランダで育てられているばらとして、「ゆめみるトランク」の一郎さんの物干し台には、ばらの鉢植えがあります。

はなやかな赤いばらだけでなく、安房さんは、楚々とした白い野ばらも、作品に頻繁に登場させています。

代表的なのは、白い鹿が帽子の魔法で人間に変身する「野ばらの帽子」ですね。「小さい金の針」でねずみたちが目指すのは、白い野ばらの咲きみだれる遠い森です。「コンタロウのひみつのでんわ」では、コンタロウがおふとんに魔法をかけて、白い野ばらの花びらに変えるシーンがあります。「わるくちのすきな女の子」のきつねの結婚式では、きつねたちは白い野ばらの花をお互いに飾っています。

「遠い野ばらの村」の野ばらは、作中には白と赤、両方出てきます。味戸ケイコさんの表紙絵では、ピンクのばらが描かれていますが、作中では、赤い野ばらの村、という風に描写されています。

また、単行本未収録作品に「ばらいろのつつみ紙」という作品もあります。失われたばら園のばらの精が、マンションの地下で開いているふしぎなばらいろの品物を扱っているお店のお話です。

 

「つきよに」で、ねずみのこどもがひろった、白くて四角くていいにおいのするものはせっけんで、使ってみると、「みんな白いばらの花になったみたい」とありますので、このいいにおいのせっけんは、ばらのせっけんだったことがわかります。安房さんの単行本未収録の作品には、「ばらのせっけん」という作品もありますが、こちらは赤いばらをイメージしているようです。また、「サリーさんの手」という作品では、金髪の布人形サリーさんの口元は、「ほころんだ紅ばらの色」です。

 

色について言及が無い「野ばら」が登場する作品もいくつかあります。「三日月村の黒猫」のボタンに描かれた野ばら、「白樺のテーブル」「丘の上の小さな家」「うさぎ屋のひみつ」にも野ばらは出てきますが、色についてははっきり書かれていません。ただ、安房さんのイメージする野ばらは、どちらかといえば、白い野ばらだったのではないかな、と思います。

 

ばらの登場する作品で、変わったところでは、黄色いばらがあります。「黄色いスカーフ」のおばあさんの回想に登場するばらは、ほろほろっと崩れる黄色いばら。また、これも単行本未収録ですが、安房さんには珍しいコメディタッチの珍妙な作品「黄ばらのトゲ」にも、黄色いばらが出てきます。

 

ばらのにおいだけ登場する作品もあります。

「しいちゃんと赤い毛糸」では、冬のかれ木がしいちゃんのほおにすりこんでくれるクリームは、ばらのにおいがします。また、「緑のスキップ」で、とても長い足をした銀色の風は、とてもすてきなにおいを運んできます。それは、ばらのにおいや、さまざまな夏のけはいのにおいです。

ほか、作中のアクセントとして、ばらが使われている作品も。「まほうをかけられた舌」では、洋吉の舌にまほうをかけるために使われた葉っぱは、ばらの若葉に似た葉です。「夏の夢」には、オレンジ色のばらが、「緑の蝶」でも、ばらのアーチが出てきます。「カーネーションの声」では、花の声について、おじいさんは、「ばらは種類によってみな声がちがう」と話します。

 

重要なモチーフのばらをもうひとつ。小夜の物語最終話「大きな朴の木」で、小夜が大切にしていて、ホウノキさんにあげることができなかった、北浦のおばさんからもらった青いビロードのリボンには、ばらの花の刺繍がしてあります。また、だんまりうさぎ最終話「だんまりうさぎはさびしくて」で、だんまりうさぎは、おしゃべりうさぎにプロポーズするために、背にばらの彫刻のあるいすを作り上げます。

どちらも、スペシャルな存在として、ばらが使われています。

作品からは離れたエピソードですが、「『海賊』創刊の頃」というエッセイでは、同人誌『海賊』の創刊祝いのパーティでは、同人は皆、胸に赤いばらを飾った、と書かれていました。

また、「自分で自分に」というエッセイでは、童話集『遠い野ばらの村』を出したとき、それがとても美しい本で、嬉しくて、ばらの模様の上等なティーカップを一客だけ自分用に買った、というエピソードを書いていらっしゃいます。それが、どんなばらの模様のティーカップなのか、気になりますが、安房さんのアルバムを拝見する機会があったときに、伏せたティーカップのお写真が一枚あり、それは、どうやらブルーローズの青い模様のカップでした。これがもしや、お気に入りのティーカップのお写真では?と、胸が高鳴りました。青という色をことのほか、愛しておられた安房さんですし、その青と、美しいばらの模様があわさったティーカップでいらした、というのは、充分ありそうなお話だと思いました。

 

百花の女王、ばら。

ばらは、安房さんにとっても、作品を作る上で、イメージをかきたてられる、とりわけ特別で、思い入れの深い花だったのではないでしょうか。

 

「べにばらホテルのお客」のお菓子がなぜバウムクーヘンなのかを探求したアイダミホコさんのブログはこちら↓

https://mikoma-aam.amebaownd.com/

物語の食卓 夏 第一話 朴の葉でつつんだ蒸しもち

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安房直子さん(1943~1993)は、日本女子大学在学中、北欧文学者、山室静氏に師事、同人誌『海賊』に参加、「さんしょっ子」で、第3回日本児童文学者協会新人賞を受賞、その後もサンケイ児童出版文化賞小学館文学賞野間児童文芸賞新美南吉児童文学賞、ひろすけ童話賞、赤い鳥文学賞特別賞を受賞。「きつねの窓」「鳥」「初雪のふる日」などが、小・中学校の教科書に採用されています。初期の幻想的で謎めいた作品から、動物たちが活躍する晩年のあたたかなお話まで、没後30年経った今なお、新しい読者を獲得し続けています。代表的な著作は、偕成社からの選集『安房直子コレクション』全7巻、瑞雲舎『夢の果て』など。
 
豊島区東長崎の雑貨店、Planethandさんの安房直子さん企画展、幻の市でご一緒したご縁で、このコラボ企画は産まれました。 http://planet-hand.com
 
アイダさんに、安房さんのお料理を再現していただき、スタイリッシュでお洒落なお写真におさめていただくという、贅沢な企画です。その写真に、アイダさん、ネムリ堂双方が、思い思いの短い文章をそえたブログを同時公開、季節ごとに小さな冊子にまとめる、という計画をしています。一年間を通して、15の食卓の連載を予定しています。どうぞ、おたのしみに!
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料理・スタイリング・撮影:アイダミホコ

「大きな朴の木」は、「花豆の煮えるまで」の小夜の物語、最終話です。お母さんのいない小夜は、よく朴の木の葉を摘んできては、おばあさんに、朴の葉でお餅やごはんを包んで蒸したものをつくってもらいます。大きな朴の葉は、やさしい山のかおりがし、まるで、お母さんのてのひらのようだ、と、小夜は思っています。

長野県に伝わる「朴葉めし」という食べ方があります。朴の葉を洗っておき、それに洗った米を入れて包み、わらで結わえて、たっぷりのお湯で茹でる、というものです。おむすび大のお米を、炊飯器なしに粽のように炊き上げていたのですね。

小夜がおばあさんに蒸してもらっていたおもちやごはんは、おそらく冷ごはんや、固くなったもちを再び美味しく食べるための方法のように見えます。ちょうど、現代の電子レンジのように、蒸し器と朴の葉を上手におやつに利用していたのではないでしょうか。

 

ホウノキさんに幼い嘘をついてしまったことで、ホウノキさんとの交感が不可能になった小夜。小夜はもう、朴の葉のおもちは食べられない、と思います。ホウノキさんを裏切った自分には、朴の葉のおもちを食べる資格は無くなった、と思い詰めてしまうのです。小夜は、もう、朴の葉をつんで帰ることはないでしょうし、きっと、風になることもなくなってしまったにちがいありません。山んばの娘で、山んばの里へ風になって帰ってしまったというお母さんのことを考えつづけるのではなく、新しいお義母さんになるであろう、北浦のおばさんの西洋料理にすこしずつなじんでゆくのだろうと思うからです。

このように、小夜の物語の中でも「大きな朴の木」は、自身も養女であった安房さんが、晩年の最後の最後に、ご自身の養女体験を昇華し、作品に描き上げた作品であるといえます。義母となるのであろう、「北浦のおばさん」ですが、安房さんのお姉さま谷口紘子さんに伺ったお話では、その、どこか華やかな性格の人物像も、安房さんの実のお母さま藤澤英子さんがモデルになっているようだ、とのことでした。英子さんは、北浦和にお住まいであったから、「北浦のおばさん」は「北浦和」から来ているのかも、とも。義母、生母の関係が反転していますが、安房さんは作品を書き上げる事で、生母英子さんを、自分の「お母さん」として、出会い直していたのではないでしょうか。

安房さんご自身が養女であったことは、大学卒業時、ご結婚のお話が出るまで、安房さんには秘密にされていました。本人だけが知らず、従姉として育った実の姉たちはみな知っている、という複雑な環境だったようです。そんな空気はしらずしらず、本人には伝わるものなのではないか、という気がいたします。安房さんの作品の登場人物が、しばしば天涯孤独の「ひとりぽっち」であるのは、安房さんご自身が、ご自分を「ひとりぽっち」と感じていた事と無関係ではないのではないでしょうか。

 

ところで、小夜の物語の「小夜」という名前は、「花豆の煮えるまで」シリーズだけに登場するものではありません。「奥さまの耳飾り」の女中の名も小夜。「野の果ての国」の主人公の娘の名もサヨ。単行本未収録作品集「花からの電話」の女の子の友だちの名にもサヨちゃんが登場します。もともと、小夜のシリーズの一作「小夜と鬼の子」は、1986年発表時は「あかねと鬼の子」という題名でした。「小夜」も「あかね」も、安房さんが大事にされていた奈良の朋工房の市松人形の名前です。

日本女子大では毎年、安房さんのご逝去後、寄贈されたという市松人形たちが、ひなまつりの時期に展示されると聞き、今年2023年の3月、アイダさんとご一緒させていただきました。

展示されていたお人形は4体で、大きな順に、小夜ちゃん、松子ちゃん、紅子ちゃん、あかねちゃん。

小夜ちゃんは、三歳児ほどの大きさの、大きなお人形で、少しはじらいを含んだ憂い顔の、優しいお顔立ちのお人形さんでした。お着物は、紫の地に菊の花の模様です。

あかねちゃんは、一番古そうに見受けられました。他のお人形よりぐっと小さく、おしゃまでおきゃんな印象のお顔をしていて、髪の毛は長め、素人が前髪を切りそろえているような、長めの髪の毛、赤いお着物で、帯も手づくりの布地のようでした。

松子ちゃんは、これまで、安房さんがお写真に写して絵はがきにされたりしているお人形さんで、松の葉模様のお着物の、ノーブルなお顔をしている、大人しやかなお人形さんです。

紅子ちゃんは、ふっくらしたほおと、ぱっちりしたおめめの、あどけない表情のかわいらしいお人形さんで、やはり赤いお着物を着ています。

同じ工房のものという共通性はありましたが、みな違う表情をしており、安房さんはどんなにか、手ずから可愛がっていらしたのだろうか、と思わせられました。

そうやって、ご自分も、次々と「養女」を迎えてらしたのですね。お人形は、全部で20数体あったそうですから、この4体以外は、今はどうしているのだろう、と気になり、お姉さまの紘子さんに伺ってみましたが、ご存じない、とのことで、残念に思いました。

 

安房さんの単行本未収録作品のひとつに、「霧立峠の千枝」という作品があります。これは、妖精の取り替えっ子、チェンジリングがテーマの作品なんですが、安房さんが養女であったことを考え合わせると、非常に気になる作品です。木こりの文太は、幼馴染の千枝を取り戻しに、霧立峠にのぼっていきますが、村に連れて帰ってきたのは、似て非なる、文太にとっての千枝とは違う娘だった、という物語です。この作品には、「緑の木の葉のおすし」が登場するのですが、この寿司は、「朴の葉すし」ではないか、と私は推測します。

養女をめぐるふたつの物語、「大きな朴の木」と「霧立峠の千枝」は、朴の葉という緑の葉で、つながっているのではないか、と思うのです。

 

葉に包む食文化についてのアイダミホコさんのブログはこちら↓

 

 

物語の食卓 春 第三話 サフラン風味のスープ

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料理・スタイリング・撮影:アイダミホコ

「火影の夢」のサフラン風味の魚のスープ!! 安房作品に登場する美味しそうなお料理の中でも、三本の指に入るほどの美味しそうな描写が、魅力的なスープです。夢の再現です。

「とりこになる」という表現がよくでてくる安房作品ですが、主人公のこっとう屋は、ストーブの火影にうかびあがる小人の女性のつくるスープの味のとりこになってしまいます。

 

サフラン風味の魚介のスープはすばらしい味で、小人の女性の作る小さな鍋からスプーンで掬って飲むだけでは飽き足らなくなります。そして、スープを飲む量が増えると、小人の女性の言葉が解ることが判明し、ストーブの燃料を変えることを小人の女性に頼まれ、こっとう屋は、ふしぎなスープに、ふしぎなストーブの火影に、火影に映る小人の女性に、のめりこんでゆくのです。

サフラン風味のスープは、昔、喧嘩したまま別れてしまった奥さんがお嫁に来た時に持ってきたサフランの花を、こっとう屋に思い出させます。サフランは、薬にも調味料にもなるの、と楽しそうにサフランの球根を育てていた奥さん。銀の魚をつなげた首飾りが元で、こっとう屋と奥さんは諍い、サフランの花が咲く前に、奥さんは家を出て行ってしまいます。そんな苦い過去を思い出しながら、やがて、こっとう屋は、火影の中の小人の女性を、別れた奥さんに重ねていきます。

 

食べ物の味のとりこになって、異界へとひきこまれてゆく作品のひとつに、「海の口笛」という作品もあります。主人公は偏屈なかけはぎ屋。「火影の夢」のこっとう屋の老人と、主人公の造形も似ています。こちらは、かけはぎをたのまれた、すばらしい青い絹のドレスの穴をふさごうと、穴を覗くと、そこからどういうわけか海の底が見え、魚が泳いでいて、偶然魚が穴から仕事場に出てきてしまい、ピチピチはねています。その魚をみたかけはぎ屋は、その魚が食べたくてたまらなくなるのです。バター焼きにして食べてみると、その魚はすばらしい味で、かけはぎ屋はふしぎなドレスの穴の中の海からとれる魚の味のとりこになってしまうのです。

 

食べ物を食することで、異界にひきこまれてゆくこのふたつのお話は、「火影の夢」が1975年、童話集『銀のくじゃく』に収録された書下ろし、「海の口笛」が1985年雑誌『MOE』に掲載された作品です。およそ10年ほどのタイムスパンがありますが、どちらの作品もラスト、主人公は、異界にとりこまれたまま、「こちら」の世界には戻ってきません。

 

行きて帰りし物語」という言葉がありますが、良書と呼ばれる児童文学の条件のひとつとして、どんなに冒険に出ても、最後には家に帰ってくる、「行きて帰りし物語」であることが大事だと、勤務先の図書館の研修で教えられました。子どもたちに不安を与えないためには、そういう構造であることが求められるというのです。

安房作品は、その「良書」の条件を見事に裏切っており、しかし、その宙づりの結末の不安定さこそが、むしろ、わたしにとっての、たまらない魅力となっていることに、きづかされました。お行儀のよい「良書」でない、不安を誘う結末、だからこそ、安房作品は、魅力的なのだと。

「銀のくじゃく」のはたおり、「青い糸」の千代や周一、「野の音」の勇吉や少女たち、「長い灰色のスカート」の修、「鳥にさらわれた娘」のふみ、「天の鹿」のみゆき、そして、「海の口笛」とこの「火影の夢」。わたしの特に好きでたまらない安房作品は、みな、はるかな異界にとりこまれたまま、主人公は、こちらの世界には帰ってきません。

 

「火影の夢」のもうひとつ素敵な部分は、銀の魚をつなげたという首飾りです。私はこの作品を、小学校低学年の頃にはじめて読みましたが、美味しそうなスープに魅せられただけでなく、この銀の魚の首飾りというアイテムにも、夢中になってしまいました。そんな少女の読者も多いのではないでしょうか。

 

安房作品に登場する素敵なアイテムとして、少女の頃心を奪われたのは、他にも、「天の鹿」の紫水晶の首飾り、「天窓のある家」の銀色のこぶしの花影、「鳥にさらわれた娘」の表が赤と金、裏が青と緑と灰色のシギの玉でつくったお財布などなど。こちらは大人になってから読みましたが、「三日月村の黒猫」の木彫りのボタンなども。そんな少女心をくすぐるアイテムの登場も、美味しそうなお料理とともに、安房作品を形づくる魅力だと思います。
 
サフランをめぐる日本文学についてのアイダミホコさんのブログはこちら↓ 圧巻です!!

物語の食卓 春 第二話 さんしょうの木の芽あえ

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料理・スタイリング・撮影:アイダミホコ

「さんしょっ子」の木の芽あえ。子どもの頃、この作品を読んで、春のお料理によいかおりをそえてくれる「木の芽あえ」とは、いったいどんな美味しいお料理なんだろう、と、想像がふくらんだものでした。

大人になってから調べてみたら、木の芽あえは、さんしょうの木の芽をすって、味噌、砂糖と、ウドやたけのこ、貝やいかをあえたものと知りました。作中のすずなの家は、おそらく、山間の村でしょうから、ウドかたけのこをあえたものでしょうか。今回は、ウド、たけのこの両方を、さんしょうの木の芽であえていただきました。

 

「さんしょっ子」は、木の精の女の子ですが、「さんしょっ子」という呼称、なんて、独特で、素敵なネーミングでしょう。安房直子さんは、座談会「私の中の妖精」で、「できれば、妖精という言葉を使わず、自分だけの呼称を使いたい」というようなことをお話されています。確かに、安房さんは「妖精」という言葉を作中で使うことは非常に少なく、「南の島の魔法の話」一作だけだったと思います。

妖精といういい方こそされませんが、安房作品には、「木の精」が、たくさん登場します。小夜の物語の最終話「大きな朴の木」のホオノキさん、「おかのうえのりんごのき」のりんごの木の精、「カスタネット」のすずかけの木の精、「声の森」のかしわの木、「星のこおる夜」の柏の精、「しいちゃんと赤い毛糸」の冬の枯れ木、「白樺のテーブル」のかなしい緑の娘、「天窓のある家」のこぶし、「野の音」の泰山木の精、「花のにおう町」ノキンモクセイの精、「花びらづくし」の桜の精、「緑のスキップ」の花かげちゃん、「山のタンタラばあさん」のタンタラばあさん。かわいらしい木の精から、「野の音」や「カスタネット」のような、怖ろしい、人間をとりこにしてしまう木の精まで、多種多様です。

 

「さんしょっ子」は、報われない恋のお話でもあります。

隣村の金持ちに嫁ぐすずなへの、三太郎の気持ち。

三太郎への、さんしょっ子の気持ち。

作中には描かれないけれど、すずなの、三太郎への気持ち。

安房作品には、やさしい恋のお話もありますが、このような、報われない、胸の痛くなるような片恋のお話も、いくつかあります。「青い糸」の、空想上の若者に恋をしてしまう千代のエピソード、その他には、単行本未収録ですが、「花びら通りの猫」の猫のコックさんへの片思いなど。また片恋とは少し違いますが、「熊の火」の熊のおよめさんの小森さんへの想いは、里への道を作るための火の道となり、まんじゅしゃげのまっ赤な花へと変化します。初読した子供のときにはわからなかったですが、大人になった今読むと、その焼けつくような恋しさ、やるせなさが胸に迫り、男の側の身勝手さを描く安房さんの筆の冷徹さに驚かされます。

「ひめねずみとガラスのストーブ」も、ひめねずみと風の子フーの関係性は、大人になってから読むと苦い味わいがあり、心を離れません。

「さんしょっ子」のお話も、子どものための童話でありながら、それ以上に大人の事情が顔を覗かせます。男の貧しさゆえに結ばれず、一般には幸せであるとされる玉の輿にのったすずなも、けして本当の意味で幸せであったかはわからない。むしろ身分違いの婚姻が、その後の辛い結婚生活を予感させ、そんな幼馴染を黙って見送るしかできない男の胸の内を思うと、なんとも苦しい気持ちにさせられます。

さんしょっ子の片思いにも、切ない気持ちにさせられます。見守るしかできない切なさ。人間に恋をして、ギフトだけを男に与え、自らは風に吹かれて消滅してしまったのであろう木の精さんしょっ子は、アンデルセンの人魚姫が海の泡に消えてしまう結末に、どこか似ています。「ひめねずみとガラスのストーブ」の風の子フーが、ひめねずみがもうこの世にはいなくなったことを理解したあと、何も感じない本当の大人の風になってしまう、というラストを読んだとき、私は、風にのってどこかへ消え去ったさんしょっ子を思い出しました。

枯れてしまったさんしょうの木が、三太郎の台所で、すりこぎとなって再生するラストは救いがあると同時に、なんともいえず、切ない気持ちにさせられます。

安房さんの童話は、ただのかわいらしい星菫童話ではなく、現実の苦みをシビアにしのばせてあり、大人の鑑賞にも耐えうる確かな筆の重みがあります。それは、子供のときにはわからなかっただろう、さんしょうの木の芽あえの味にも似ているのかもしれません。

 

さんしょうについてのアイダミホコさんsideのブログは、こちら↓

物語の食卓 春 第一話 森のテーブルのあさごはん

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豊島区東長崎の雑貨店、Planethandさんの安房直子さん企画展、幻の市でご一緒したご縁で、このコラボ企画は産まれました。 http://planet-hand.com
 
アイダさんに、安房さんのお料理を再現していただき、スタイリッシュでお洒落なお写真におさめていただくという、贅沢な企画です。その写真に、アイダさん、ネムリ堂双方が、思い思いの短い文章をそえたブログを同時公開、季節ごとに小さな冊子にまとめる、という計画をしています。一年間を通して、15の食卓の連載を予定しています。どうぞ、おたのしみに!
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料理・スタイリング・撮影:アイダミホコ

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お品書き

 

つくしの ごまあえ

 

なのはなの おひたし

 

あつやきの たまご

 

たけのこの につけ

 

ふっくりと たきたての ごはん

 

やまうどの おみそしる

 

さくらんぼ 三つ

 

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春の食卓は、すばらしいあさごはんで幕をあけます。

今回の食卓の食材調達は、私もお手伝いして、地元の我孫子のつくしと、水戸のつくしを提供いたしました。我孫子のつくしがもうスギナになりかけていたので、アイダさんを我孫子にお招きする前日、ちょうど茨城の水戸の友人宅へ遊びにいった帰り、土手沿いにはえていたつくしを摘むことができ、茨城と千葉の季節の違いを感じました。もちろん、我孫子でも、少量ですが、開いていないつくしを採取することができました。つぼみの菜の花と、たけのこのにつけに添えた山椒の葉は、うちの実家の家庭菜園から。お皿にした蕗の葉は、うちの庭から。ちょうど、我孫子手賀沼でのつくし採りの帰りに、なんと、雉が出現!! なんだか幸先の良いスタートでした。

それにしても、なんて美味しそうな春の食卓でしょうか。つくしの茎のしゃくしゃくした歯ごたえ、みずみずしい菜の花、お出汁たっぷりのたけのこのにつけ、あまいあつやきたまごと、ふっくりたきたての白いごはん、ほろ苦いやまうどのおみそしる。ああ! 食べたい!!

 

安房作品には、他にも、たまごやきの登場する作品があります。「エプロンをかけためんどり」にでてくる、お砂糖たっぷりのあまーいたまごやき。たけのこの煮ものも、「ききょうの娘」に登場します。

 

「ねずみのつくったあさごはん」は、絶版になっていて残念なのですが、秋書房から、田中槇子さんの絵で、絵本が刊行されていました。「ねずみのつくったあさごはん」自体は、1980年『こどもの光』掲載の「小さな糸切り歯」という作品の、ねずみの歯を治療し、そのお礼にくつしたを繕ってもらう、というおはなしを、さらにふくらませて、ねずみにあさごはんをごちそうになる後半部分をつけたした作品になっています。

絵の田中槇子さんは、1942年東京生まれ、武蔵野美術大学を卒業されていて、安房直子さんとのコンビでは、『コンタロウのひみつのでんわ』秋書房(1983)、『ふしぎな青いボタン』ひくまの出版(1984)、『空にうかんだエレベーター』あかね書房(1986)、『トランプの中の家』小峰書店(1988)を描かれています。安房さんのお姉さん、谷口紘子さんにうかがったお話では、挿絵として、田中槇子さんの味わい深い絵を、安房さんは大のお気に入りだったそうです。いずれの書籍も、現在では絶版で、入手困難なのが残念です。図書館に所蔵のある場合がありますので、どうぞ、田中槇子さんの絵による安房作品、探してみてください。

「ねずみのつくったあさごはん」は、実は、小学校の教科書に、「ねずみの作った朝ごはん」として、平成4年から平成11年度にかけて、光村図書『国語三下』に収録されていました。ちょうど小学校三年生用の教材だったようです。教科書に載っていた作品を集めた『光村ライブラリー7 つり橋わたれ ほか』に、「ねずみの作った朝ごはん」で、現在も、教科書に載っていたものと同じかたちの作品を読むことができます。「作」「朝」が、漢字なのは、小学生の漢字の学習にあわせたもののようです。秋書房版は、漢数字以外はすべてひらがな表記ですが、光村図書版は、小学三年生が読み書きできる漢字はすべて漢字に直してあるようでした。挿絵は、柳田明子さん。こちらの挿絵の方がなじみ深い読者の方も多いのではないでしょうか。

 

安房作品は意外に教科書掲載の作品があります。

私自身は、小学生で「きつねの窓」、中学生で「鳥」をならっています。大好きな安房直子さんが国語の授業であつかってもらえるなんて、と、有頂天になったことをおぼえています。また、クラスの男子に、「あんな話つまんねえ!」と言われ、大いに憤慨したことも。

 

掲載タイトル、教科書、年代は以下の通りです。

 

・「きつねの窓」

・・・教育出版(小学6年生)昭和52年~令和5年現在まで

・・・学校図書(小学6年生)平成23年~令和5年現在まで

・「きつねのまど」

・・・日本書籍(小学5年生)平成4年~13年度

 

・「初雪のふる日」

・・・光村図書(小学4年生)平成23年~令和5年現在まで

 

・「つきよに」

・・・学校図書(小学1年生)平成1年~令和5年現在まで

 

・「鳥」

・・・教育出版(小学6年生)昭和52年~昭和54年度

・・・教育出版(中学1年生)昭和53年~平成4年度

 

・「青い花

・・・学校図書(小学6年生)平成12年~16年度

・・・学校図書(中学1年生)昭和59年~61年度

 

・「たぬきのでんわはもりの1ばん」

・・・東京書籍(小学1年生)昭和52年~54年度

 

・「はるかぜのたいこ」

・・・東京書籍(小学1年生)昭和61年度~平成3年度

 

・「秋の風鈴」

・・・東京書籍(小学5年生)昭和61年~平成3年度

 

・「ひぐれのお客」

・・・大阪書籍(小学6年生)平成1年~13年度

 

・「やさしいたんぽぽ」

・・・東京書籍(小学2年生)平成4年~7年度

 

・「すずめのおくりもの」

・・・東京書籍(小学5年生)平成8年~11年度

 

・「木の葉の魚」

・・・学校図書(中学1年生)平成9年~13年度

 

・かばんの中にかばんをいれて

・・・大阪書籍(小学5年生)平成17年~平成22年

 

教師用の指導用教材への掲載作品は省いていますので、実際はもっとたくさんの多彩な安房作品が教育の現場で活躍していたのです。2023年現在でも掲載されているのは、「きつねの窓」「初雪のふる日」「つきよに」の三作品。「かばんの中にかばんをいれて」は、連作集『ゆめみるトランク』の冒頭の作品で、ポプラ社『教科書に出てくるお話5年生』(2006)にも掲載されています。

安房さんは、エッセイ「教材としての「きつねの窓」」で、教科書掲載によって読者が増えたことをよろこびつつも、どうか作品はまるごと読んでほしい、教材として切り刻まれることのないようにと願っている、といったことを書かれています。たしかに、国語教材として、「作者は何をいいたかったのか」「この文章は何をあらわしているのか」と、いった問いばかりがクローズアップされることは、読書の喜びそのものから離れてしまうといえるかもしれません。しかし、国語の教科書ではじめて安房作品に出会う小さな読者たちは確実に存在するわけですから、国語の教科書掲載は、非常に重要な出会いの場であると思います。

最近刊行されたばかりの『日本の文学者18人の肖像【現代作家編】』あすなろ書房(2022)は、小学校高学年向けの児童書ですが、その作家18人のなかに、他ならぬ安房直子さんも選ばれています。喜ばしいことです。

没後、過去の作家として忘れ去られていくことないよう、私も今後、安房直子さんの業績を、どんどん紹介していきたいと思っておりますし、教育の現場でも、安房直子作品がもっともっと取り上げてもらえることを、願ってやみません。

 

安房作品に登場する山菜についての、アイダミホコさんsideのブログは、こちら↓

 

 

安房直子企画展「幻の市 春の記憶」展、2023年4月1日から始まりました!!

童話作家安房直子さんの作品からイメージを拡げる企画展「幻の市 春の記憶」展、豊島区東長崎の雑貨店、プラネットハンドさん http://planet-hand.com で始まりましたね!! 安房直子さんをお好きな方なら、わくわくすること間違いなしの、ステキな催しです。

 

会期:2023年4月1日(土)~5月29日(月)会期中の金土日月

 

ネムリ堂制作の新刊は、

アイダミホコさん

とのコラボ企画「物語の食卓」第一弾『物語の食卓~冬』です。

完成いたしました。

A5、フルカラー、40P、1000円です。

撮影:アイダミホコ

お取り扱いは、

プラネットハンドさん http://planet-hand.com

ギャラリー喫茶アトリエみちのそらさん http://michinosora425.jimdo.com

草舟あんとす号さん http://kusafune-anthos.shop-pro.jp

えほんやさん さん http://tenkiame.com/ehonyasan/

にお願いしております。

 

もちろん、ネムリ堂、アイダミホコ直接通販も承っております。お問い合わせください。

アイダミホコさんのブログ

 

「物語の食卓」は、次回から春の食卓がはじまります。

引き続き、おたのしみください。

 

物語の食卓 第三話 北風のホットケーキ

このブログは、
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ネムリ堂のブログ
の、童話作家  安房直子さんの作品に登場するお料理をめぐる、安房直子さん生誕80周年のコラボ企画です。
 
安房直子さん(1943~1993)は、日本女子大学在学中、北欧文学者、山室静氏に師事、同人誌『海賊』に参加、「さんしょっ子」で、第3回日本児童文学者協会新人賞を受賞、その後もサンケイ児童出版文化賞小学館文学賞野間児童文芸賞新美南吉児童文学賞、ひろすけ童話賞、赤い鳥文学賞特別賞を受賞。「きつねの窓」「鳥」「初雪のふる日」などが、小・中学校の教科書に採用されています。初期の幻想的で謎めいた作品から、動物たちが活躍する晩年のあたたかなお話まで、没後30年経った今なお、新しい読者を獲得し続けています。代表的な著作は、偕成社からの選集『安房直子コレクション』全7巻、瑞雲舎『夢の果て』など。
 
豊島区東長崎の雑貨店、Planethandさんの安房直子さん企画展、幻の市でご一緒したご縁で、このコラボ企画は産まれました。 http://planet-hand.com
 
アイダさんに、安房さんのお料理を再現していただき、スタイリッシュでお洒落なお写真におさめていただくという、贅沢な企画です。その写真に、アイダさん、ネムリ堂双方が、思い思いの短い文章をそえたブログを同時公開、今年の秋には小さな冊子にまとめる、という計画をしています。一年間を通して、15の食卓の連載を予定しています。どうぞ、おたのしみに!
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料理・スタイリング・撮影:アイダミホコ


「北風のわすれたハンカチ」には、ふしぎな青いハンカチが登場します。

北風の少女は、ポケットから青いハンカチをだして、くまに、五十、数をかぞえるようにいいます。五十かぞえおえたくまの目の前、青いハンカチの上に、はちみつがひとかんと、粉とたまごと、ふくらし粉。ホットケーキの材料がのっているのです・・・。

 

ハンカチの上に、お料理の材料、またはお料理がのっている、というお話は、この「北風のわすれたハンカチ」だけでなく、安房作品「黄色いスカーフ」も同じです。こちらは、「オレンジとホットケーキ」と、唱えると、ひろげたスカーフの上に、オレンジとほかほかのホットケーキがあらわれるのです。

 

このように、ひろげた布地の上に、食べ物がのっている、というおはなしのルーツとして、ノルウェーの昔話、「北風のくれたテーブルかけ」があるのではないか、と、私は思うのです。北風、ご馳走をだしてくれる布地、というモチーフが共通です。

安房さんは、エッセイ「著作『北風のわすれたハンカチ』その他について」で、この作品が、『グリム昔話集』から、一番養分をもらい、影響を受けている、といった文章を書かれていますが、グリム童話にも、「おぜんやご飯のしたくと金貨をうむ驢馬と棍棒袋から出ろ」というお話があり、テーブルかけとおぜん(テーブル)の違いはあるものの、どちらも、「ごちそうを出しておくれ」と唱えると、その上にごちそうが現れるという、あらすじの似通ったふたつの昔話です。

 

私は、昔話「北風のくれたテーブルかけ」を、山室静・編『新編世界むかし話集3―北欧・バルト編―』(社会思想社)で読みましたが、その山室氏こそ、学生時代の安房さんが師事し、安房さんが参加されていた同人誌『海賊』の中心となっていた北欧文学者でいらっしゃいます。安房さんは、日本女子大学で教えておられた山室氏の、世界のおとぎ話についての講義を聴講されていましたから、その講義の中で、このノルウェーの昔話を紹介されていた可能性は充分にあるのではないでしょうか。

 

『新編世界むかし話集3―北欧・バルト編―』には、「北風のくれたテーブルかけ」の次に、「木のつづれのカーリ」というお話も紹介されています。このお話の中にも、不思議な青い雄牛が登場し、その左耳の中に入っている一枚の布を取り出して広げると、ほしいだけご馳走がでてくる、という描写があるのです。このお話も、布をひろげると、その上にご馳走が出てくる、という同じモチーフなのが興味深いです。

 

面白いのは、布の上のご馳走のモチーフもそうですが、

この雄牛の「耳の中」に、不思議な布地が入っている、ということです。この「耳の中に布地を入れる」という描写は、安房さんの「北風のわすれたハンカチ」で、くまは、北風の少女がわすれていった青いハンカチを、どこにしまおうか考えて、自分の耳の中にしまう、というシーンを思い出させます。

大事なものを耳の中にしまうくま、というモチーフを、安房さんは、「熊の火」でも使っており、熊のおやじさんは金のかぎを自分の耳の中にしまっています。

 

私はなぜ、「耳の中」なんだろう、なにか、出典はないのだろうか?と、ずっと不思議に思っていたのですが、この「木のつづれのカーリ」で、青い雄牛の耳の中から不思議な布をとりだす描写を読んで、これを元にしたのではないか?という思いを強くしました。

このお話も、山室先生の講義の中で紹介され、それが、安房さんの中で昇華され、安房さん独自の作品へと結晶したのではないか、と。

安房さんがもうご逝去されていて、確認をとる術がない今、いずれも、私の推測の域を出ないのですが・・・。

 

グリム童話を、安房さんは、講談社ででていたもので読んだ、とエッセイ「誰のために」で書かれていました。講談社ででていたグリムは、「グリム童話翻訳文学年表」によると、昭和25年(1950年)に、与田準一訳の、『おおかみと七ひきの子やぎ(グリム童話)』(講談社)が出版されています。

その中には、「おぜんとろばと棒」「漁師とおかみさんの話」他全7話が収録されていますが、1950年は、安房さんは、7歳。グリムに浸りきっていたのは「小学4年生ごろ」と、エッセイ「誰のために」に、安房さんは書かれていましたから、そのころ読めたグリムで講談社刊行のものは、この本なのではないでしょうか。

 

「漁師とおかみさんの話」も、ふしぎなひらめが願いをかなえてくれるお話です。このお話も、「海の館のひらめ」の、アイディアの元となったグリム童話ではないか、と私は推測しています。(安房さんは、「海の館のひらめ」について、魚屋の店先に新鮮な魚がならんでいるのを見て、魔力のある魚の話を思いついた、とエッセイ「『海の館のひらめ』のこと」で書いていますが、その大元になったのは、幼い頃に読んだと思われるグリムの、「漁師とおかみさんの話」から、無意識にモチーフを借りていたのではないでしょうか。)

 

さて、ホットケーキです。

極上のとろりとしたはちみつをかけた、ふっくりと甘いホットケーキ。

安房作品には、「北風のわすれたハンカチ」「黄色いスカーフ」以外にも、ホットケーキの登場する作品があります。「エプロンをかけためんどり」のふっくり甘いホットケーキと、「だんまりうさぎときいろいかさ」のおおきくてきいろい、たまごをたっぷりつかったホットケーキです。きいろいホットケーキにきいろいバターと、きいろいはちみつ。なんて美味しそうなんでしょう。

 

アイダさんのホットケーキ、ふたつのお皿が青いハンカチの上、なかよくならんで、こころ温まるなごやかな団欒を予感させているのが、なんとも素敵です。

 

世界のホットケーキについて考察した、アイダミホコさんsideのブログは、こちら↓